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兼松(株)【8020】出す出す詐欺

長く持ってしまったので、最も企業分析してるのが兼松。それが仇となってガンホーに乗り遅れて1億円取り損ねるという経済的には人生最大の失敗を犯すことになったのだが、それは次の機会に。

兼松は1999年に経営破綻により上場廃止の危機にあったが、メーンバンクの東京三菱銀行(現三菱東京UFJ銀行)の手厚い建て直し努力により、上位三行が1500億円の債務放棄をするなどして危機を逃れた。東京三菱から派遣された倉地前々社長により経営は立て直されたが、2000年3月期以来13年間も無配を続けている。

2007年4月に目標に「可及的早期の復配」を謳った中期経営計画「teamKG120」が始まったが、世界金融危機の最中、株価が50円台のボロ株になりながら、利益が計画の1/3という酷すぎる実績で失敗。2010年4月に再度「可及的早期の復配」を掲げた新中期経営計画「S-Project」が始まった。

「経営の最重要課題は復配」と銘打ち、その後の報告書等で「予定通り!」「順調!」と株主にメッセージを伝え、3年後の2013年3月、ようやく計画通りの業績を達成した。復配の基準となると言っていた単体の利益余剰金も53億円の余剰と、復配の原資としては十分な額を確保した。

新中期経営計画「S-Project」実績(百万円,単体)
2011年3月期2012年3月期2013年3月期
売上高438,975464,921444,992
売上総利益18,68919,70515,816
営業利益5,3087,3913,500
経常利益5,2188,3386,830
当期純利益7,4465,4245,292
利益余剰金-5,392315,323

3円配当でも12億、1円配当なら僅か4億で済む。四季報も3~5円の復配を予測。決算での発表は見送られ、気を持たせた2013年3月8日、まさかの無配を発表。この日は株主が兼松の下嶋社長ら現経営陣に心底失望した日になった。無配の理由は「お金はあるけど定期的に出すにはまだ心配だから」。

言葉を失った。13年も無配を続け、株価は下落の一途。株主に損失しか与えていない企業が「定期的に」なんて言葉を…。まず出せる時に出して株主還元するのが当然の責務だろう。

当然株価は急落し、4億円をケチって、株価を120億円分急落させる企業、それが兼松。株主から「出す出す詐欺」「嘘松、詐欺松」「上場企業で最も株主軽視の企業」と呼ばれ、改めて怒りを買った企業となった。

兼松の月足10年チャート


配当を目指すと言って、配当が出せるようになっても、まさか貯め込むとは思わなかった。出す気がないならばなぜ復配のことばかり言い続けてきたのか。コンプライアンスギリギリのレベルで、巨額損失を隠していた1999年に通じるものを感じた。

私も当然復配だと思っていたので、買い増ししてまで全力で決算を迎え、失望売りにより損害を被った。ガンホーの巨額な機会損失付きで。

さて、ではいつ復配するのか。財務的にはいつでも出せる状態で、まともな経営陣ならば第1四半期末の決算(2013年08月02日)に第1四半期末の復配を発表するが、兼松の経営陣はまともでないのでそこは再び無配でスルーし、第3四半期末の決算(2014年02月05日)に、期末の復配を発表すると見ている。

追記
2013/9/11、兼松は2014年3月期の年間配当を3円とすると発表した。1999年3月期以来15期ぶりの復配。第1四半期末の決算から2ヶ月弱で状況が激変した訳でもないのに、なぜこんな時期にと理解に苦しむ。これで兼松を買うことは二度となくなり、悪夢のような銘柄として記憶するのみとなった。

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